命名


これは60過ぎの親父と15年間連れ添った愛猫との回想録である。

その子は、我が家に来て早々の時は環境の激変からか非常に警戒心が強く、テレビの裏やベッドの下に入り込み 出てこようとはしなかった。
私はそのうち慣れてくれるであろうと思い無理にかまうことはせずに成り行きに任せることにした。
それが良かったのか、お腹が空いた時だけ「みゃ〜」とすり寄ってくるようになったのである。

そこで早くなつかせるには名前を呼んでやるのが良いかもしれないと思った。
元々生家で名付けられた名前はあったのだが、私的に今一つピンとこない名前だった。
まだ生後3か月なので柔軟に対応できるだろうと思い改名する事にしたのである。

そこで思いついたのが「コムギ」と言う名前である。
由来や理由など何もなく、その時に頭にひらめいた呼びやすい名前がそれだったのである。

それ以来、事あるごとに「コムギ」を連呼した。
「コムギ、ご飯食べる?」
「コムギ、お水飲む?」
「コムギ、あそぼ」
その会あってかすっかり自分は「コムギ」だと認識したようだ。
気に入ってくれたようなので名付親としても一安心である。

世間一般には猫は名前を呼んでも来ないものらしい。
それゆえ「猫なんか呼んでもこない」と言う題名の映画があったが、いやいやどうして コムギは来るよと私は言いたい。

向こうへ立ち去りかけていても「コムギ」と呼ぶと短く「にゃ」と返事をしてトコトコと駆け寄ってきて膝の上で2本足立ちして私の顔面にスリスリしてまた去ってゆくのである。
なんとも律儀な猫であった。
コムギは「みゃ〜」と産まれた時から周りに人がいるのが当たり前の環境だったので、人に対する警戒心がほぼ無いようだった。

最近、室内飼いで野良の経験のない猫は概ねそのような傾向にあるようだ。
猫は本来単独行動を好む習性なのだが、人に飼われている間に「これは人に甘えている方が自分の欲求が満たされるぞ」学習したのかもしれない。
それゆえいつまでも子猫っぽい行動が抜けきらず我々人間もついつい溺愛してしまうという魔性のループにはまっていくのであろう。




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